シンガーソングライターとして活動しているクリスチャン・岩淵まこと氏のブログで、川上直哉著・「被災後の日常から」が紹介されました。

岩淵まこと プロフィール
1977年、日本コロムビアよりシンガーソングライターとしてデビュー。演奏活動以外に、CMソングやドラえもんの映画「のび太の宇宙開拓史」のテーマ等も歌っている。  
1980年、クリスチャンとなる。長女を天に送る経験を通して生まれた曲「父の涙」は多くの方々に愛聴されている。現在まで十数枚のCDを発表。教会でのコンサートの他に、ペトラストリートとのライブ活動や「歌声ペトラ」という新しい賛美歌を歌う会を開催している。2004年9月ソロアルバム「ふたつのJ」をリリース。  2006年CD「HEARTSTRINGS」、2007年、詩画作家、星野富弘さんの詩を歌うCD「ぺんぺん草のうた」、「HEARTSTRINGS」の楽譜を出版。2008年1月、デビューアルバム「スーパー・ムーン」がCDとして再発売。5月CD「横丁のジーザス」発売。また河北新報の微風旋風というコーナーにコラムを執筆。横田早紀江さん作詞の「コスモスのように」を作曲。「ぺんぺん草のうた」に続く第二弾の「日日草のうた」を発売。2009年には第三弾「サフランのうた」を発売。  
2010年、GOD BLESS YOU がリメイクされてリリース。4ヶ国語で歌うテイクが加わったミニアルバムは好評を博している。 2011年秋には「Paradise Forever」がリリースされた。12月には3年ぶりのオリジナルアルバムで、岩渕由美子との初デュエットアルバム「北上夜曲」がリリースされた。 2012年デビュー35周年を迎え、仙台、大阪、東京で記念コンサートを開催した。また東京基督教大学でギターの非常勤講師として教えるようになり、ギターレッスンDVDを発売した。 2013年ぺトラストリートを解散し新たに「Acoustic Bonbon」のユニットを結成。SONG BOOK 2013を発売した。 2016年岩渕由美子との初デュエットワーシップCD「天にも地にも」をリリース。好評を得ている。

 

 2014年の1月、私は南三陸へ歌いに出かけました。その時に仙台から南三陸までの往復を送迎してくださった方がいます。その方は初めてお会いする方で川上直哉という方でした。この方は復興支援団体の東北ヘルプで事務局長をされている方で牧師です。この春からは石巻栄光教会で奉仕をされるとのことです。

 仙台から南三陸までは2時間弱かかったと思いますが、その往復の車中で何を話すともなく語らった空気感を今でも覚えています。それは初めてお会いしたにもかかわらず「あ!どこか共通しているなあ」という親近感や安心感を覚えたからです。帰りの夕焼けの美しさは忘れることができません。

 その川上牧師の3月発行された著書『被災後の日常から』というご本を読ませていただきました。副題に『歳時記で綴るメッセージ』とあるのですが、この本は復興支援の現場で語られたメッセージを中心に編集されています。それはミッションスクールの中学生から大人のための講義として語られたものまで、幅広く収録されています。そのどれもが理解しやすく示唆に富んだ内容です。読みながら、最初にお会いした時に感じた「あ!どこか共通しているなあ」を改めて確認させられました。

 特に印象に残ったのは中学生に語られた『キリスト教の救い』というメッセージです。聖書は有名なイザヤ書53章(口語訳)です。

  1. だれがわれわれの聞いたことを信じ得たか。主の腕は、だれにあらわれたか。
  2. 彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。
  3. 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
  4. まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
  5. しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。
  6. メッセージの詳細を書くことは控えますが、一部を抜粋させてもらいます。

以下『被災後の日常から』70頁からの抜粋です。

 この歌が描く主人公は、みすぼらしい、冴えない、弱々しい一人の人です。でも、理不尽のしわ寄せが集まる場所に立って、「これはおかしい、なんとかしなきゃ」と言ってしまう人。そういう人はまわりから迷惑がられる。余計なこと・面倒を引き込むと、嫌われる。「お人よし」と馬鹿にされるかもしれない。人を押しのけて利益を得ようという人に、簡単にやっつけられてしまう。そうしたことがこの歌に歌われています。世間は、こういう人を尊敬しません。困った時は、もてはやすでしょうけれど、普通の時は、無視します。困ったことは押し付けて、あとは忘れます。忘れるために、こういう人を利用します。そして、ついにこういう人は、くたびれ果て、使い捨てられます。そういう人のおかげで、この世界は何とか回ります。めちゃくちゃになるはずの世界は、そういう人によって、何とか保たれています。でも世間はそういう人を無視し、忘れ、馬鹿にし、利用し、使い捨てます。この歌は、そういう人の様子をうたっているのです。そして、この姿こそ、イエスそのものだと。教会でクリスチャンたちはいつも、語り合ってきました。

 こうして本からの抜粋をタイピングしながらも、私は目頭が熱くなります。
受難週のこの時にお薦めの一冊です。こちらから購入できます。→ ヨベル

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