br005『牧師の読み解く 般若心経』

大和昌平著(YOBE,Inc.1,575円税込)

 「おじいちゃんから、般若心経を教えてもらうんですよ」と、ある日、父から突然言われた。広い本堂の隅に机を置いて、兄と並んで祖父の前に座った。いつもは気楽に遊んでくれる祖父も、その時はさすがに、大僧正という、僧侶で最も高い位についた人物としてしか私の目には映らなかった。僧侶の道を歩み始めた中学生の私が、般若心経に正面から相対した、最初の時であった。

 本書を読み始めたとき、私の中で、この時の記憶が鮮明によみがえった。この本がまさに、大和昌平先生が般若心経に正面から向かい合った記録であったからだ。

 般若心経について書かれた他の本と同じように本書も、仏教の基礎知識、および般若心経の解説から始まり、その経文を詳しく説明するという形になっている。ところがそこに、キリスト教信仰と聖書の言葉が、実に自然と重ね合わされている。

 また著者は、「般若心経偽経説」まで取り上げている。仏教学では、インドで成立した経典を正統とし、中国で作られた経典は偽経として区別している。般若心経は正統な経典とされつつも、一方で、この経典は偽経だという斬新な説がある。私も以前、大学院の仏教学研究室で新しい説を得意になって発表したとき、「そのようなことは偉い先生になってから言え」と教授に言われた記憶がある。やはり仏教の世界にいると、その組織の目に見えない圧力に影響される。しかし大和師は、仏教学という世界からは完全に自由であり、同時に、真剣に般若心経に向かう者であるという姿勢から、このような思い切った説も取り入れて筆を進めている。

 般若心経は短い経典であっても、日本に伝わった大乗仏教の基礎である「空」を説きながら、さらに仏教の基本的な用語を含む経典であるため、最も広く読まれている。その経典を牧師が信仰を注いで解き明かしている。その故に、私はこの書物を読み終えた時、「純粋にキリスト教と仏教が出合っている」という深い感動を覚えた。

 

 (評・松岡広和=単立・のぞみ教会牧師)